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ネス湖の怪

かつてスコットランドを旅した時のことだった。

私はエディンバラで借りた車を運転してインバネスに向かう途中でピトロホリーに寄った。
ピトロホリーは観光保養地で、夏目漱石が英国に留学した際に逗留したこともある場所である。
私がここに立ち寄ったのは、ポタリーを訪ねてみたいと思ったからだ。
ポタリーというのは窯元のことで、スコットランドには随所にポタリーが在る。
イングランド人がスコットランドに移住して開いたポタリーも多いようだ。
日本に於ける北海道に似ている。

陶芸というのは、地水火風の四大元素を使って陶器という全く別なものを創り出す魔法のような技術だ。
スコットランド出身の作家、J.K.ローリングが主人公の魔法使いの少年にポッター(陶工)という名を付けたのも頷ける。

私はポタリーで大きな絵皿を購入し、屋外のテーブルでサンドイッチとミルクティーを注文した。
柔らかな陽射しが心地良い、閑雅な午後のひと時だった。

翌日、ネス湖に向かった。。
駐車場で降りて歩き出すと、バグパイプの音が聴こえる。
アーカート城が見えて来る。
アーカート城はネッシーを写した写真によく前景として出て来る廃墟だ。
城に近付いて行くと、スコットランドの民族衣装を着た若い男がバグパイプを吹いている。
スコットランドらしい牧歌的な風景だとほのぼのとした気持ちになる。

その時突然、ゴーッという耳をつんざくような轟音が空を覆った。
次の瞬間、ジェット戦闘機の大きな機影が降りて来た。
と見るや、瞬く間に向きを変え、湖面すれすれの低空飛行で、アッと言う間に湖の奥へと消えて行った。

辺りには静寂が戻り、バグパイプの音が再び聴こえ出した。
観光客のざわめきも戻って来る。
先程の出来事が夢かと思われるようにのどかだ。

英国空軍の演習飛行だろう。
ネス湖の細長い地形と人里離れた環境が演習飛行に打ってつけなのだろう。
このような事実はいかなるガイドブックにも記載されていないし、テレビで放映されることも無い。
現地に行ってみないと分からない。
世の中にはこうしたことが沢山有るのだろう。

旅の面白さはそこにある。
そして、人生の面白さもまた。
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テーマ : イギリス旅行
ジャンル : 旅行

生きている遺跡 ― ウィーン再訪に想う

90年代半ばに4年弱暮らしたオーストリアの首都ウィーンを15年振りに訪れた。

中心部の市街を歩くと人が多いのに驚かされる。
かつてのウィーンはもっと空いていてのんびりした街だったのに、意外にせわしない感じがする。

中心部の市街には昔から国際的な高級ブランドの店が立ち並んでいたが、今はその数が増え、さらにH&MやZARAのようなファストファッションの店が出来、スターバックスコーヒーの看板が随所に見える。
そして、オーストリアの伝統的な手工芸品を扱う風情あるローカルブランドの店は市の中心部から駆逐され、外れた地域に移転している。
地元資本でもデーメルやスワロフスキーのように国際的に名の通ったブランドは勢いがある。
街の風貌が銀座と似通って来た印象だ。

地下鉄に乗る。
結構混んでいる。
かつての地下鉄はいつ乗っても空席があって座れる感じだったが、今は立っている人もいる。
皆スマホの画面操作に余念が無い。
何だか東京の地下鉄車内と余り変わりが無い感じ。

様の東西を問わず、都市の相貌が国際的に平準化して来つつあるのを実感する。
リトルピープルの時代。
村上春樹が世界中で読まれるのもむべなるかな、と思う。

フロイト博物館を訪れる。
かつてこの町に住んでいた頃は将来カウンセラーになるなど露とも思わず、訪ねたことが無かったが、今回のウィーン再訪では是非訪れたい所だった。
フロイトはブルクガッセ19番に在るこの家に1891年から1938年までの47年間暮らし、フロイトの著作の主要なものはここで執筆された。

博物館は建物の1階(日本式に言うと2階)の半分程度に当たる9室が公開されている。
その中で白眉なのが待合室、診察室、書斎である。
3つの部屋は中庭に面し、それぞれ中庭に向かって開かれたひとつの窓を持つ。
待合室は暖色系の落ち着いた部屋でエンジ色をしたビロードのソファ等当時の家具が展示してある。
ドアを入ると診察室。
オリジナルの家具は無く、壁面に写真展示がしてある。
カウチと背後に横向きに置かれた一人掛けソファ。
壁面に飾られた古美術品やエスニック工芸品の数々。
診察室の奥の書斎もまた数多くの骨董品に埋もれている。

埋もれていた遺物を掘り出し、物語を紡ぎだして行く。
フロイトにとって自由連想法とはそう言うものだったのか。
診察室の背後に在る書斎。
それはカウチの背後に在るソファと相似している。
この書斎でフロイトはユングやアドラーと議論を交わしたことだろう。
そのように想像してみると、改めてフロイト博物館の遺跡としての存在感を感じる。

応用美術館を訪れる。
ここは観光コースから外れているため静かだ。
クリムトの『生命の樹』の原図が展示されているのだが、余り知られていない。

応用美術館の主な展示物は、家具や食器など生活の中で使用される工芸品だが、19世紀のビーダーマイヤーと世紀末のユーゲントシュティールの家具が見どころである。
曲げ木を使用した様々なデザインの椅子はそれぞれ心から楽しく笑い、語りかけてくるようだ。
機能性の追求だけでなく、この世に生活することの喜びを表現するデザイン。
そしてそれを見ている私も、家具が発する波動を通して、生きている喜びを実感する。 
この美術館の空間に立った時、私がウィーンに住んで得たものが何だったのか、はっきりと分かった。

限りある日程を有効に過ごそうと無意識の裡に緊張していたのだろう。
また、往復のフライトの混雑も疲れた。
旅から帰った翌日、私は昏々と眠ってしまった。
安心して眠れる場所が在る幸せ。
それが今回の旅で得た最大のものだったかも知れない。

テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

インドの結婚式

20年ほど前、インドのラジャスタン州コタ(Kota)で結婚式に参列したことがある。
取引先の友人、SK氏が会社のTownship内の施設で催される義妹の結婚式に招待してくれたのだ。

季節は1月の下旬。冬は気候が冷涼で過ごし易く、結婚式のシーズン。
午後8時半、Townshipの外でにぎやかな音楽や声が聞こえ始める。花婿のパレードがやって来たのだ。花婿は白い衣装を着て、赤いターバンを巻いて、白馬にまたがっている。そして、子供を一緒に乗せている。これは花婿を一人にしないためだと言う。白馬の後ろには作り物の馬車が続く。花婿の周りには、花婿の友人達がランプの提灯を手にして、阿波踊りのようなダンスをしている。

花婿は花嫁の待つホールに到着する。
花嫁の身内の女性が花婿の口にパン(Pan。香辛料をミントの葉で包んだもの)を入れる。
花婿は、花を足元に散らされながら、奥の玉座へと向かう。そして、向かって左側の席に座る。
中央通路を花嫁が進む。
花婿は立って花嫁を迎える。
向き合って立ち、花輪を互いの首に掛ける。
花婿と花嫁が並んで座り、親族や来賓が次々に祝福する。
記念撮影。
花嫁の後方に立つSK氏の顔が輝いている。

別の会場(テントを張った中庭)でパーティーが始まる。立食。

夜もとっぷり更けてから、いよいよセレモニーが始まる。
小さいテントの中に親族が集まる。
囲炉裏に火を焚き、司祭が脂や香料をくべる。
新郎新婦の右手を黄色い布でくるんで結ぶ。
火の周りを新郎新婦が時計回りで6回まわる。
始めの3回は新郎がリードし、後の3回は新婦がリード。
司祭の説教。
新婦より7つの質問と新郎よりの5つの要求を司祭が代読する。
それに「Yes」と答えると正式に結ばれる。

例えば、
「新婦の親は大散財をした。認めるか」
「巡礼に行ったり、施しをする時は相談してくれるか」
「実家に帰る時には許可を取れ」
「私を一人にしないでくれ」
「明日私が貧乏になった時にも離れないでくれ」
etc.

その後、最後の1回火の周りをまわる。
ティラクを付け合う。
新郎の眉間。新婦の額と左手首。
赤は悪を追い払う印。

その後、寺院でセレモニーの続きが行われたが、午前零時を過ぎており、私は退出した。

それから約1年後、SK氏の突然の訃報が届いた。
溺死とのことだった。

テーマ : セラピー&ヒーリング
ジャンル : 心と身体

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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