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絵筆を持った哲学者-『カンディンスキーと青騎士』展

三菱一号館美術館で開催中の『カンディンスキーと青騎士』展を観た。

先ず胸を突かれたのが、ファーランクスの時代(旅の時代)のカンディンスキーの描く風景の暗さ。
そこでは、自然は重く、硬く、冷たく立ちはだかっている。
まるで、旧約聖書の神のように、人間と優しく融和する気配を見せない。
画面を覆う濃い青には深い精神性が隠されていることを予感しているが、それは鎖されていて見通しが利かず、画家はひたすら思索によってその謎を読み解こうと格闘しているかのようだ。
精神性(青)を求めて闘う騎士。
「青騎士」の原点はそこにあるのだろう。

同じ時代にパートナーのガブリエーレ・ミュンターがカンディンスキーを描いた絵では、風景に暖かい光と風があり、作者の心の暖かさを感じさせる。
同じ風景を観ても、観る人によって、心に映るイメージがこんなにも違うものなのだ。

1908年にムルナウに落ち着き先を見付けてから、カンディンスキーの風景に光が差し込み始める。
ムルナウで畑仕事をしている彼の写真があるが、身体を介して自然と交わり始めたことの効用かも知れない。
カンディンスキーの絵には光とともに、生命が感じられるようになって来る。
依然、全ての絵に深い青が重要な位置を占めている。
青い三角形の山は精神性のピラミッドのようだ。

絵筆を持った哲学者に転機をもたらしたものは音楽だった。
眼に見えないものは見ることができないが、聴くことはできるのだ。
シェーンベルクの音楽にインスピレーションを得た「印象Ⅲ(コンサート)」。
天井から床へと2本の太い光の柱が刺し貫いている。
その柱を伝わって降りて来たのは天使か精霊か。
画家が初めて精神性の内部にその身体を持って飛び込んだ瞬間。
彼の視界に満ちた色彩は黄色だった。

後年、カンディンスキーは、音楽的な諧調のある心地よい雰囲気の抽象画を描くようになって行く。
そこには、濃い青はもはや無い。
求めていた精神性と自身がひとつに融和した時に自然に消滅したのかも知れない。

あのカンディンスキーに、重く、厳しく闘っていた青の時代があったことを知ったのは新鮮な経験だった。


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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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