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物語性と共感 - 『ワシントン ナショナル・ギャラリー展』

国立新美術館で開催中の『ワシントン ナショナル・ギャラリー展』を観た。

なぜ、印象派の絵は日本人に人気があるのだろうか。
本展を観て、その秘密は共感にあるのではないか、と思った。

ルノワールの『踊り子』と『アンリオ夫人』。
どちらの絵も受容的な雰囲気でとても優しく、絵の中の人物に親しみを感じさせる。
人物と背景が画然と分かたれずに緩やかに溶け合っているように、絵の中の人物と観る者との間も境目が淡くなって、優しく心が通い合って来る。
理屈は何もいらない。
感情にすっと入って来る絵。
先日、『オランダ・フランドル絵画展』で観た肖像画の持つ前面に押し出して来る緊張感と比べて、何とリラックスして、安心感を持って対面出来る絵だろう、と感じる。

肖像画に現れる緊張感、或いは安心感は、画家とモデルとの関係を反映しているのかも知れない。
ルノワールはモデルを共感的に描いているのだ。
そう言う視点でルノワールの作品を観てみると、彼が愛情を持って人間を描いていることが見えて来る。

一方、モネは自然を共感的に描いた画家だと言えるだろう。
モネの絵を観ていると、描かれた風景がすっと心に入って来て、絵の表情と同じ気分を感じる。
光に満ちた絵には心躍る喜びを、曇り空の絵には沈んだ気分を。
また、モネは人物を自然の一部として描いているように思われる。
『ヴェトュイユの画家の庭』に描かれた子供達はまるで花のようだ。
『日傘の女性、モネ夫人と息子』に描かれたモネ夫人の立ち姿は一本の樹木のように見える。
モネは、人間を自然の一部と感じる心を持っていた人だと思う。
それが、日本人がモネの絵に共感する理由なのだろう。

そして、私が好きなエドゥアール・マネ。
マネの絵の世界は額縁の中に収まり切らない。
『オペラ座の仮面舞踏会』は人物像が画面の端で切れているが、それが描かれた場面の臨場感をいやが上にも増し、描かれていない瞬間にどのようなことが起こるのか、と創造力を掻き立てる。

『鉄道』は物語性豊かな深い絵。
こちらに背を向けている少女は、正面を見詰めている女性の子供時代の姿を思わせる。
女性は過去を回想している。
彼女が想い出そうとしている過去の情景は煙に隠されていて見えない。
けれどもその過去は彼女にとってとても大切なもので、今の自分につながっている。
鉄道の音を背後に聞きながら、彼女は、過去から現在に続くレールの存在を確かに感じている。

物語性と共感。
どちらも観る者の感情を動かす。
この展覧会場に在る絵は全て感情に働きかける。
ただ一人の例外を除いては。

例外はセザンヌだ。
セザンヌは形態や画面の構成に求道的情熱を傾けた学究肌の画家だ。
だが、彼の絵はなぜか私の心に触れて来ない。
それはストイック過ぎて、共感的でないし、物語性も排除されているからなのではないか、と本展を観て気付いた。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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