FC2ブログ

精神の墓標 - 犬塚勉の静寂

日本橋高島屋で9月26日まで開催されていた『犬塚勉展-純粋なる静寂』を最終日に観た。
会場内は予想外に混んでおり、図録は完売で、オーダーして3週間後に届く予定。
本当は図録を観て鑑賞の記憶を反芻しながら書きたいところであるが、3週間も経つと印象が薄れてしまうので、とりあえず、今感じていることを記して置きたい。

私が後半の「自然を描く」一連の絵を観て感じたことは、「精神的な墓」と言うイメージであった。
『千の風にのって』で私の魂はお墓の中にはいない、と歌われるが、それではどこにいるのだろうか。
死んだらどこに行くかは分からないが、もし仮に、死後にこの地球上で、この日本の風土の中で過ごすことが出来るとすればどこで過ごしたいか、と問うた時に、私だったらこんなところで過ごしたいなあ、と思うような場所と瞬間が描かれているのだ。

柔らかな陽射しを浴びた草原、ゴツゴツした山稜、風格あるブナの幹、どっしりとした大きな岩等には、何かが寄り来たるひそやかな気配がある。
それは、故人の霊であろうか、未来の自分の霊であろうか、それとも、今の自分を生かしている霊であろうか。
描かれた場面は、外界に存在する霊的なものと観る者(自己意識)とが触れ合う出会いの場所となっている。
すなわち、精神的な墓標と言える。

写実画に到る以前の絵画では、自分の内面にある精神的なものをイメージ化しようとしていたように感じられる。
初期にヨーロッパで取材した絵画では、ヨーロッパの街の材質感や色彩が生き生きと再現されていた。
しかし、日本人としてのオリジナルな絵画を模索する過程で、一旦、写実から離れ、内面の世界に潜る必要性があったのだろう。
仏像の絵を描いたり、山行を重ねたりしているうちに、その時はやって来た。
『頂A』と『頂B』。
大地のアンテナのように天高く突き出した山頂が碧空の深い精神性と交歓する。
地上に生きる画家が外界の精神と交流する準備が整ったのだ。
そして、そのアンテナのイメージは正に墓標に重なる。

第2部の日本の自然を描いた絵画群は、「アンテナ-墓標」のイメージを展開し、洗練させて行くプロセスのように思われる。
外界の霊性を捉える依代(よりしろ)は、超リアルな写実によってその生命を獲得する、と言う信念を画家は持っていたようだ。
そして、依代としての本質を描き出す奥儀を体得すると、原風景とは異なる虚構の構図によって、より純化したパワフルな依代を創造しようと企てたのだろう。

東日本大震災経験後の今、犬塚勉の作品を観ると、安らぎが一層深く感じられる。
スポンサーサイト

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR