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空無の証明 - 『イケムラレイコ うつりゆくもの』

東京国立近代美術館で開催中の『イケムラレイコ うつりゆくもの』展を観た。

会場に入ると、先ず、「青に浮かぶ顔」と「きつねヘッド」という、夢見る眠りの形象が出迎える。
これから先にご覧になるものは夢の中の世界ですよ、と暗示するかのように。
そして、直ぐ次に最新作の展示が続く。
それは、最初に結論を提示する欧米流のプレゼンテーションを連想させる。

山水画と名付けられた最新作のシリーズは、東洋風の趣きを持つ、幽明相和した、どこにも無い風景が描かれている。
恐らく作者自身の現在の心の地(じ、ground)をイメージ化したものだろう。

そして、その後に、現時点での結論に至るまでの過程が紹介される。
だが、それは編年的にではなく、重いものから軽いものへ、との流れに従って展示されているようだ。

「横たわる人物像」シリーズでは、少女達は大地にしっかりと身を横たえ、大地の声に耳を傾けながら、吹く風を感じ、この世に起こるあらゆる事象に耳を澄ませている。
広がったスカートは天使の羽の名残を感じさせるが、今は空を飛ばず、しっかりと大地に身を落ち着かせている。
粘土と言う素材も大地をイメージさせる。

「うみのけしき」シリーズは水。
青い理性的な画面を前に、観る者はふと自分の心の中を省みる。

「樹/Trees」で描かれた樹木は、赤い生命の木。
赤い大地から腕のように伸びた赤い樹木は、まるで太陽のプロミネンスのようだ。
これら一連の絵は火を表している。

「ブラック・ペインティング」シリーズで描かれた少女達は、「横たわる人物像」と構図的には似ているが、こちらの方は浮遊感がある。
重力から解放されて、自由に宙を舞う少女達。
それは、風を想わせる。

展示は「地」「水」「火」「風」を表しているが、作者が本当に表現したいのは「空」だろう。
「生」と「死」と言う観点で見ると、「地」と「火」が「生」、「水」と「風」が「死」を感じさせる。
しかし、「地」「水」「火」「風」も、「生」も「死」も、本の仮初めに垣間見える仮象に過ぎない。
「生」も「死」も超えて本質的なものは「空」だが、それは形に現わすことが出来ない。
作者は、「地」「水」「火」「風」の造形を明確化せず、ぼやけた姿にして、実在感を消し、わざと「うつりゆくもの」を提示して、「うつろわないもの」を想わせる。
それは、偶像であることを拒絶し、形で表現出来ないものを形で表現しようと試みる不可能な挑戦だ。
だが、一方では、観る者の想像力を刺激するスリリングな試みでもある。

展覧会場の最後には「白い眠り」が置かれている。
このテラコッタは入口にある「きつねヘッド」と対をなしている。
今までご覧になったものは全て夢でした、と言うことをリマインドするかのように。
それは私の夢、あなたの夢、みんなの夢。
夢見る眠りこそ、本質に触れる唯一の道。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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