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生きている遺跡 ― ウィーン再訪に想う

90年代半ばに4年弱暮らしたオーストリアの首都ウィーンを15年振りに訪れた。

中心部の市街を歩くと人が多いのに驚かされる。
かつてのウィーンはもっと空いていてのんびりした街だったのに、意外にせわしない感じがする。

中心部の市街には昔から国際的な高級ブランドの店が立ち並んでいたが、今はその数が増え、さらにH&MやZARAのようなファストファッションの店が出来、スターバックスコーヒーの看板が随所に見える。
そして、オーストリアの伝統的な手工芸品を扱う風情あるローカルブランドの店は市の中心部から駆逐され、外れた地域に移転している。
地元資本でもデーメルやスワロフスキーのように国際的に名の通ったブランドは勢いがある。
街の風貌が銀座と似通って来た印象だ。

地下鉄に乗る。
結構混んでいる。
かつての地下鉄はいつ乗っても空席があって座れる感じだったが、今は立っている人もいる。
皆スマホの画面操作に余念が無い。
何だか東京の地下鉄車内と余り変わりが無い感じ。

様の東西を問わず、都市の相貌が国際的に平準化して来つつあるのを実感する。
リトルピープルの時代。
村上春樹が世界中で読まれるのもむべなるかな、と思う。

フロイト博物館を訪れる。
かつてこの町に住んでいた頃は将来カウンセラーになるなど露とも思わず、訪ねたことが無かったが、今回のウィーン再訪では是非訪れたい所だった。
フロイトはブルクガッセ19番に在るこの家に1891年から1938年までの47年間暮らし、フロイトの著作の主要なものはここで執筆された。

博物館は建物の1階(日本式に言うと2階)の半分程度に当たる9室が公開されている。
その中で白眉なのが待合室、診察室、書斎である。
3つの部屋は中庭に面し、それぞれ中庭に向かって開かれたひとつの窓を持つ。
待合室は暖色系の落ち着いた部屋でエンジ色をしたビロードのソファ等当時の家具が展示してある。
ドアを入ると診察室。
オリジナルの家具は無く、壁面に写真展示がしてある。
カウチと背後に横向きに置かれた一人掛けソファ。
壁面に飾られた古美術品やエスニック工芸品の数々。
診察室の奥の書斎もまた数多くの骨董品に埋もれている。

埋もれていた遺物を掘り出し、物語を紡ぎだして行く。
フロイトにとって自由連想法とはそう言うものだったのか。
診察室の背後に在る書斎。
それはカウチの背後に在るソファと相似している。
この書斎でフロイトはユングやアドラーと議論を交わしたことだろう。
そのように想像してみると、改めてフロイト博物館の遺跡としての存在感を感じる。

応用美術館を訪れる。
ここは観光コースから外れているため静かだ。
クリムトの『生命の樹』の原図が展示されているのだが、余り知られていない。

応用美術館の主な展示物は、家具や食器など生活の中で使用される工芸品だが、19世紀のビーダーマイヤーと世紀末のユーゲントシュティールの家具が見どころである。
曲げ木を使用した様々なデザインの椅子はそれぞれ心から楽しく笑い、語りかけてくるようだ。
機能性の追求だけでなく、この世に生活することの喜びを表現するデザイン。
そしてそれを見ている私も、家具が発する波動を通して、生きている喜びを実感する。 
この美術館の空間に立った時、私がウィーンに住んで得たものが何だったのか、はっきりと分かった。

限りある日程を有効に過ごそうと無意識の裡に緊張していたのだろう。
また、往復のフライトの混雑も疲れた。
旅から帰った翌日、私は昏々と眠ってしまった。
安心して眠れる場所が在る幸せ。
それが今回の旅で得た最大のものだったかも知れない。
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テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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