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二藍のダンス - 『フェルディナント・ホドラー展』

あまた みし てら には あれど あき の ひ に
もゆる いらか は けふ みつる かも

會津八一が病中法隆寺をよぎりて詠んだ歌。
国立西洋美術館で開催中の『フェルディナント・ホドラー展』を観た私はふとこの歌を想い出した。
風邪気味だった私にとって、ホドラーの絵の人体や山肌に射すピンクや赤茶色等暖色系の色の生命力が心に沁みた。

「感情Ⅲ」
画面の奥の方に顔を向けて、左から右へと歩いて行く4人の女性。
青い衣の落ち着いたやさしさ、柔らかさ。
薄い青衣を透して肌の色がピンクに燃える。
右へ行くほどピンク色は濃く、生命の輝きは増す。
背景一面に咲く赤い花。

「春Ⅲ」
少年は春の陽光の象徴。
ピンク色の肌の熱さ。
その熱は少女のまとう白い雪の衣を溶かす。

「恍惚とした女」
濃い青と赤茶色が、メンヒやユングフラウの岩肌を想わせる。
女の姿は踊る山のよう。
それは生命エネルギーの塊り。
身体は動的だが、顔の表情は静的。
冷静と情熱の絶妙なバランス。
胸からあふれる想いをこぼれないようにと両手で押さえ、静かに味わう。
内面の世界に集中。

「悦ばしき女」
赤茶色のドレスに紺色の陰。
躍動感あふれる身体の動き。
表情に潜むパッションの陰。
拡げた両腕が感情を解き放つ。

「遠方からの歌Ⅲ」
瞑想的な面差しで外界と交信するように静かに両腕を拡げる青衣の女司祭。
聖なる歌を受信するアンテナ。
大地に立つ一本の樹。

青はホドラーにとってデフォルトモードの色。
レマン湖やトゥーン湖の湖面を彩る様々な青。
「明るい青は柔らかな感情を呼び起こす」と語ったホドラー。
彼は柔らかな感情を持って、青を基調に、多彩な形象や色彩のリズムで生命の波動を織り込んだ。

25才で初めてスペインを旅したホドラーは光に目覚める。
1878-79年に描かれた「スペインの風景」ののびやかさ。
腹這いに寝そべる人物はホドラー自身だろうか。

1890年頃の「小さなプラタナス」は光に満ちたホドラーの心の世界が結実した佳品。
か細い一本のプラタナスが自然の風景の中で存在感を持って立っている。
か細いプラタナスはすっくと立ち、背景の自然に負けず、そこからエネルギーを取り込んでいる。
生命の樹。
それは人間であり、作者自身の姿でもある。
このプラタナスは後の「感嘆」や「遠くからの歌」のような女性立位像を予感させる。

「無限へのまなざし」
単独習作群では一枚一枚異なった色調の青衣が描かれる。
大作に取りかかる前にホドラーは自身のデフォルトモードの青の色調を吟味する。
そして完成作で描いたのは深く鮮やかな群青色。
それは生命の源である海の色。

病の床に就いたヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルを描いた一連のデッサン。
静謐であまりにも美しい。
死への怖れは無く、静かで柔らかな感情が流れている。
青い湖面のよう。
死は生命のデフォルトモードなのだ。

山肌が朝日や夕陽に赤く染まるのは僅かな一瞬。
踊る女性の肌が紅く輝くのも人生の中のほんのひと時。
藍と紅の二藍(ふたあい)で織り成される生命のダンス。
一瞬に「もゆる いらか」であるからこそ、心に沁みるのだ。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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