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人生は不可解だからこそ魅力が有る

小川洋子の『凍りついた香り』を読んだ。

正解の有る世界には安心感が有るが、どこか物足りなさが有り、敏感な人間は居心地の悪さを感じる。
人類の祖先が生活していた自然界は正解の無い世界で、その中で人間は自然と対話しながら、生きるための対処法を探って来た。
農業や漁業と言った一次産業がそうだ。
工業化の時代が来ると製造技術が発達して、同じ規格の製品をいくつでも作れるようになる。
自然の影響をコントロールし、正解の有る世界が登場して来る。

弘之がコンクールで取り組んだ数学は正解の有る数学であり、彼はそこで比類ない才能を見せるが、それは決して彼にとって居心地の良い世界ではなかった。
正解し、賞賛を浴びる度に、自分が檻に閉じ込められる不自由さを感じる。
その不自由さから逃れるために秘かにスケートリンクに通い、思う存分自己を解放する。

正解の有る数学は頭だけの世界であり、そこには心や身体の居場所が無い。
弘之は心や身体のバランスを取り戻すためにスケートリンクでの自己解放を必要としたのだろう。

十六才のとき初めて訪れた海外の町、プラハ。
プラハは訪れる度に憂愁を感じさせる町だ。
そして、天才モーツァルトゆかりの別荘、ベルトラムカ。
プラハ滞在の体験は彼の心の深いところに残る。

弘之は十八才のとき突然家出し、正解の無い世界へ旅立って行く。
盲学校の寄宿舎では、頭ではなく、専ら心と身体を使った仕事に携わる。
しかる後に、頭と心と身体をバランス良く使う調香の仕事に就く。

世界を分類し、エッセンスを抽出する能力。
しかし、その能力が高ければ高いほど、自分の能力の限界がよく見えてしまう。
世界は分類しても捉えることが出来ず、分類することによって、自分自身で、正解の有る世界の檻を創り出してしまう。
天才的能力ゆえに、正解の無い広い世界で自由に遊び、楽しむことの出来ない不幸。

弘之は自分が生きた証として、プラハでの体験を総括した「記憶の泉」と名付けられた香水を涼子に遺し、この世から旅立って行く。

「岩のすき間からしたたり落ちる水滴。洞窟の湿った空気」
「締め切った書庫。埃を含んだ光」
「凍ったばかりの明け方の湖」
「緩やかな曲線を描く遺髪」
「古びて色の抜けた、けれどまだ十分に柔らかいビロード」

遺された涼子には、弘之が何故死んだのか分からない。
私にも分からない。
それは、正解の無い世界を楽しむことの出来るタイプの人間だからだ。
人生は不可解だからこそ魅力が有る。
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テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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