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黄昏のダンディズム ― 『ソール・ライター展』

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中のソール・ライター展を観た。

彼の写真は、ファッション雑誌のために撮影した商業作品でも、自分自身のために撮影した写真でも基本的に共通したスタイルを持っている。

窓越しに、フェンス越しに、鏡越しに垣間見える姿。
目撃者であるライターが捉えた何気ない一瞬に何故かとても心惹かれるものを感じる。
都会的、だが殺伐としていない、しっとりと潤いのある詩的な画面。

ショーウィンドウを覗く女性は陳列されている商品を見詰めているのだろうか。
それとも、ガラスに映った自分の姿を見詰めているのだろうか。
ものを観るという行為は、対象物を観ると同時に自分自身の姿あるいは心を観るということを内包しているものだ。
観ている女性の視線はぼんやりとしている。

ガラス越しのぼんやりとした、時には雨露で煙った視界。
そうしたフィルターを掛けると、ふだん見慣れた日常の光景が異化され、とても魅力的で美しい世界が立ち現れる。

カラー写真では、赤と黒の対比が際立つ。
独特のくすみを帯びた赤が心に残る。
魅力的な挿し色。
「足跡」の傘の赤は浮世絵を思わせる。

黄昏を生きる。
斜に構えたダンディズム。
近くからさり気なく撮っているが、対象とは心の距離を取っている。
被写界深度が浅く、時にはわざと対象から焦点を外してぼかす。
被写体の動きによるブレが時間の移ろいを感じさせる。

誰かのためではない、自分自身のために写真を撮る。
それは一種のセルフ・ヒーリング。

「私は有名になる欲求に一度も屈したことがない。
自分の仕事の価値を認めて欲しくなかった訳ではないが、
父が私のすることすべてに反対したためか、
成功を避けることへの欲望が私のなかのどこかに潜んでいた」

時は第二次世界大戦後の経済成長期。
彼ほどの才能が有れば、有名になることは難しくなかったはずだ。
しかし、彼は時流に乗ることを嫌った。
流行の渦に巻き込まれることを嫌った。
大衆と陶酔を共に出来ない個人は孤立し、時として不安にさらされる。
彼がわざと対象と心の距離を保ったのは、自身の個を失いたくなかったからだろう。

時流に流されないためには、自分のキャパで扱える範囲の題材だけに限って撮るのが賢明だ。
ライターが自分の日常生活の範囲内でのみ撮影したのもそのためだろう。
また、日常空間の中でくつろぐ女性たちの親密さに満ちたヌード写真は、孤独感を癒すために記録した日記のようなものと言えるだろう。

ライターは絵画も描いた。
淡く繊細な色調が美しい。
「写真は表現だが、絵画は創造である」
都会で撮影した写真では表現出来ない、しかし自分の心が必要とした色合を自ら創り出そうと試みているようだ。

時流に屈せずに我が道を歩き通したライターという先人の存在はとても心強く感じられる。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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