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息詰まる閉じた庭~シュールレアリスム展

国立新美術館で開催中の『シュールレアリスム展』を観た。

シュールレアリスムの作品は元々好きなので楽しみにして来たが、今回、一覧して受けた印象は重苦しいものだった。
何故だろうか。

優れた芸術作品には心の深層で観たもの、感じたものが投影されており、観賞する者はそこに感動するのだが、シュールレアリスムの作品では、意図的に心の深層の働きを活発化させ、そこから出て来るイメージを批判せずにそのまま表現する手法を取る。
それは、カウンセリングで行うアート・セラピー系のワークで行っている方法と似ており、私にとって親近感がある。
キリコも、エルンストも、マグリットもブローネルも、数点の作品だけをじっくり観ると、楽しみ味わい、共感することが出来る。
しかし、これだけの数が揃うと密度が高すぎて重苦しく感じられる。

心の深層から湧き出して来るものは、イメージとして、また、体感覚として感じられる。
それは人間の身体感覚と密接に関係したチャンネルを通って現れる。
西洋のシュールレアリスト達は、その身体から立ち現われてくるものを身体とともに描こうと試みる。
彼等の画面には肉体、もしくは肉体のヴァリエーションと思われるモチーフが必ず中心に描かれ、かつ、出現するものを逃がさずに封じ込めようとするかのように、画面の背景は不透明な絵具でビッシリと塗り込められる。
画面の中だけで完結した世界を表現しようとする強い意志を感じる。
従って、画面の中の密度は非常に高くなる。
少数精鋭の作品を味わう分には堪能出来るのだが、量が多過ぎると消化不良を起こすのだ。

一連の重苦しい閉じた庭の作品群を観た後でジョアン・ミロの『シエスタ』を観ると、フーッと呼吸が楽になる。
布地が透けて見えるムラのある背景、抜けるように青い空。
ミロの絵には肉体へのこだわりが無い。
自らが自らの深層から湧き出たものになり切って、自らの外の風景を観ている。
彼の絵には外の世界への開けがある。
日本人の感性に近いものを感じる。

無意識の世界から感じたものに気付き、それを記録することは貴重な作業である。
しかし、我々が日常の生活を生きて行くためにはもう少し追加のステップを必要とする。
絵画の世界で例えれば、ヤン・ブリューゲルの花の絵やフェルメールの室内画は、深層の世界からの霊的な気付きを具象的な形象の中に再構成する、というひと仕事を余計に果たしている。
私もカウンセラーとして、エルンストやマグリットではなく、ヤン・ブリューゲルを目指したい。
そしてまた、ジョアン・ミロのような開けを持って。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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