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人間と自然との絶えざる対話 - 『森と芸術』展を観る

東京都庭園美術館で開催中の『森と芸術』展を観た。

「森の芸術」ではなく、「森と芸術」であるところが意味深い。
題名からして、自然の代表である森と、人間の営みである芸術との関係を暗示している。

展覧会場を一覧すると、描かれている森の明るさの違いに眼を惹かれる。
「楽園としての森」「神話と伝説の森」のコーナーで描かれた森は総じて暗い。
暗さ、闇が神や精霊の力を感じさせ、森に抱かれ、森に生かされている人間を感じさせる。

「風景画のなかの森」では、クロード・ロランの描き方とカミーユ・コローの描き方の違いが印象的だ。
クロード・ロランは森を距離を取って対象化して描いている。
森は鬱蒼として暗く、画家は森の中に入って行こうとはしない。
一方、カミーユ・コローの森は明るく、若い男女は森の中にいて森と親しみ、描いている画家自身も当然森の中にいる。
絵の雰囲気は心地良く、穏やかである。

森の絵を通して見た森と人間との関係の時代的な変遷を大雑把に言うと下記のようななるかと思う。
最初は森の闇に包摂されていた人間が、森から出て森と距離を取って対象化して眺めることが出来るようになる。
しかる後に、再び森の中に入って行くが、その時には人間が自らの主体性を確保し、森と遊ぶことが出来るようになっている。

最初は自然に包まれ、自然と共に生きていた人間。
この時、自然は楽園であり、また、人間が抗えない超越的な力を持つ神でもあった。
次に、科学技術が発達し、人間中心思想の時代になると、自然は克服し、支配されるべき対象となる。
そして、人間が自然に対して十分な自信を得た時、人間は自然と融和し、人間主体でありつつ、自然を尊重し、共生し、楽しむことが出来るようになる。
依存→自立→相互依存。
これは正に人間と自然との弁証法的な対話の変遷のように思える。

「アールヌーヴォーと象徴の森」の時代になると、胎内願望のように再び森の奥深く入って行く。
そして、その中に根源的なものを求める。
それは単なる本家帰りではなく、自覚的な霊的依存のプロセスを思わせる。

「メルヘンと絵本の森」で表された森は、恐ろしさと魅惑の両方を含んでいる。
それは、森と共に生きた昔の人々が持っていた感覚であろうし、現代でも本質的に子供が抱えている感覚で、絵本画家は鋭く、それを表現している。
カイ・ニールセンの「ヘンゼルとグレーテル」は森の持つ両義性を余すところ無く描いており、お菓子の家はまるで美しい毒キノコのようだ。

将来、人間はどのように森を描いて行くのだろうか。
今後も魅力的な森の絵が描かれ続けることを切に願う。

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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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