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鏡の窓の詩人 - マルセル・デュシャン

森美術館で開催中の『フレンチ・ウィンドウ展』を観た。
現代美術展としては、非常にすっきりとして風通しが良く、カラリとした気持ちの良い空間を楽しめた。
「フレンチ・ウィンドウ」と言うタイトルと内容が一致している感じだ。

本展はマルセル・デュシャン賞の受賞者の作品を集めているが、マルセル・デュシャンと同様の芸術観で制作している作家はおらず、デュシャンが独特であることが分かる。


デュシャンのレディ・メイドは日用品に謎めいた名前を付けて異化し、非日常の世界を連想させるもので、茶道具の見立てを思わせる。
しかし、茶道具の見立ては亭主の意図に従って世界を構築して行くが、デュシャンはわざと自らの意図を明らかにしない。
とは言っても、デュシャンの作品は見えないものを想像させる力を持っており、その点で、日常的な品目を謎めいて描き、見えない世界を表現したオランダの静物画家の系譜を引いているようにも思われる。

デュシャンの大きな特徴は提示するイメージを極度に省略し、観賞者が自らイメージを補って解釈するように、開かれたコミュニケーションをすることだ。
開かれている点では窓のようであるが、その奥にあるものを見せずに鑑賞者自らの観方を問う点で、それは鏡のようである。
『フレッシュ・ウィドウ』と言う作品は、窓の形をしているが、ガラスの奥は黒い皮で覆われており、デュシャンはその皮を毎日磨くように指示したと言う。
磨いて光れば、それは鏡となる。
デュシャンの本質は画家ではなく、詩人である。

代表作の『泉』は詩的な作品だ。
展示されている便器そのものには泉は無い。
泉は便器の前に立つ人間の側にある。
それは人間の肉体の持つ瑞々しい生命への賛歌だ。
人間は男性とは限らない。
ただ、普通の洋式便器だと底に水が溜まる構造になっているので、それを泉と誤解されることを避けたのだろう。

デュシャンと同様に鑑賞者の主体性をアピールするのはフィリップ・ラモットだが、『歪んだ鏡』は直截的過ぎて、詩的な余韻が無い。
ラモットは詩人ではなく、造形作家なのだ。

「ウィンドウ」はフレームの役割を果たし、その中で作家達が自由に創造力を羽ばたかせることが出来る。
作家達の自由な羽ばたきが、本展に独特な清新の気を感じた理由であろう。
その「ウィンドウ」を造ったデュシャンの功績は大きい。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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