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海と舟と太陽の詩 ― 『難波田史男の15年』

東京オペラシティ・アートギャラリーで開催中の『難波田史男の15年』展を観た。

絵を観ると言うことは多かれ少なかれ自己を投影する行為だが、とりわけ難波田史男の絵を前にすると、まるでロールシャッハの画面に向き合っているような感じがする。
しかし、それは嫌な感じではない。
彼の絵には引き込む力がある。
そして、気が付くといつの間にか、幼い日の夢の国に遊んでいる。

1961年に描かれた『鳥』。
深い青をした夜空に大きく翼を拡げる一羽の鳥。 
その姿は後に出て来る宇宙船のイメージの原型とも思えるし、海に浮かぶ船を連想させもする。
太い白で縁取られた鳥の形は、揺りかごのようにも棺のようにも見える。

「無意識の深みから―初期のドローイング」では太く濃い線で強く主張する絵と細く淡い線でひっそり描かれる絵とが絡まり合ってひとつの画面を構成する絵が多い。
それは、通奏低音の上に繊細な音の連なりが織り出されるバロック音楽を想起させる。
「コスモスへの旅」以降の作品になると、絵は細い線によって描かれた繊細で軽やかな画面に収斂されて来る。
それは、通奏低音のくびきから解放されて自由に天駆けるロココ音楽を想わせる。

技術的な自由を獲得した史男は思索の縄に捉えられる。
温かい日差しを降り注いでいた太陽が見えなくなる。
心の日蝕。
太陽は当たり前のものではなく、その意味を問う対象となった。
以降の彼の絵の中で太陽はライトモチーフで在り続ける。
自身を生かす精神的エネルギーの源として。

1973年に描かれた『青の幻想』。
右側に淡く描かれた少女を思わせる姿は画家のアニマだろうか。
しかし、それは邪悪な意志によって阻まれるように画面の中心に来ることが許されない。
同じ1973年に描かれた『彩色画』。
『青の幻想』と同様に、中心に円錐形の影が陣取る。
その陰には、「偽善」とか「白骨心中死体」と言う文字が裏返しに透けて見える新聞紙が敷かれている。
これらの作品には、彼の生きることへの困難さがにじみ出ている。

そして、史男が引き寄せられる水辺のイメージ。
海に浮かぶ舟。
時は夕暮れ。
太陽はその力を失って行く。
心に騒ぐ不安。

1974年の『夢』に描かれた夢見る女性は舟のように水に浮かぶオフィーリアの亡骸を想起させる。
その表情は穏やかで平和だ。
これが史男に許された唯一のアニマだったのだろうか。

太陽が消えた夜、彼は独り静かに、故郷である海へと還って行った。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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