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対象喪失について

年をとると人は孤独や不安に苦しむ。
定年退職によって仕事を失い、社会的地位を失い、子供が独立し、配偶者に先立たれ、親しい友人の中には亡くなる人もいる。
体力が減退し、運動能力は低下し、視力が劣化し、病気になり易くなる。
記憶力が低下し、意欲が減退し、認知機能が衰退し、今まで出来たことが出来なくなる。
年をとることは大いなる喪失体験である。

高齢者を介護する人もまた喪失体験に苛まれる。
心身の機能が衰えた目の前の人は今までの肉親や配偶者ではない。
世話をする自分は自由に使える時間や空間を失い、仕事を辞めた場合には、今までのキャリアや社会的地位も失ってしまう。
介護する人は、孤立感や不安、怒り、負担感、無力感、悲しみ等、様々な負の感情に苦しむ。

喪失体験をすると人は何故負の感情に苦しむのだろうか。
ごく当たり前のことなので、普段、こうした疑問を持つことはないが、敢えて問う。
何故だろうか。
それは喪失する人やものが愛着と依存の対象だからだと思う。

人は生きて行く上で必ず、愛着と依存の対象を必要とする。
生まれて最初に見出す対象は母親である。
母親への愛着と依存が上手く満たされると赤ちゃんは安心感を得る。
これがこの世を生きて行く上での肯定的な感覚の源となる。

人は成長するに従って、愛着と依存の対象を拡げて行く。
家族、友人、学校や職場その他、様々な機会に出会う人々の中で対象を選択する。
自分の所有する物、住んでいる場所、自分の仕事、知識、能力、資格、地位など、人生の中で獲得した事物も対象となる。
愛着と依存の対象とは、人が生きるための命綱のようなもので、その対象がいくつも有って、支えの多い方が、より安定した生き方が可能となる。
主体的に愛着と依存の対象を選択し、自覚的に命綱を張って生きることの出来る人が自立した人である。
それは、岩壁にしがみ付き、三点確保しながら自在に登攀ルートを切り拓いて行くクライマーの姿を想わせる。

しかしながら、対象が人間関係や仕事などの社会的なもの、或いは、自分の身体能力や健康などの身体に基づくものである場合、対象はうつろい易く、人は常に喪失のリスクと隣り合っている。
通常の人生を歩んでいる場合、既存の対象を失うこともあるが、必要な対象を新たに見出し、人生の局面を乗り切って行く。
しかし、事故や災害に遭遇して、思わぬ形で一挙に多くの、或いは、非常に重要な対象を喪失してしまうこともある。
それは、ロッククライミングに譬えれば、確保していた個所が崩れて、片方の手だけで岩壁にぶら下がった状態になってしまったに等しい危機だ。
思わず、ぶら下がった手を離して楽になりたい誘惑にかられてしまうかも知れない。

対象への執着が大きい程、喪失感が拡大する。
執着を捨て、対象の喪失を受け入れ、この世の人やもののうつろい易さを認識することで人は生き延びることが出来る。
中世の日本人が無常感と呼んだ知恵だ。
それは認知の仕方を変えるメンタル面からのアプローチであり、この世で身を処して行くのに即した現実的な対処法である。

一方、うつろわない不易なものに自身を揺らがないように固定し、対象喪失のダメージを致命的なものにしない知恵も有る。
宗教心の大切さはここに有る。
神というのは不易な愛着と依存の対象である。
喪失することの無い恒久的な依存の対象を持つこと。
これはスピリチュアル面からのアプローチであり、危機を未然に防ぐ有効な方法だ。

人が生身の肉体を持った生を受ける前に、魂は完全な愛に包まれた一体感の中に在る。
この「完全な愛に包まれた一体感」が神と呼ばれるもので、人はそこで至福と安心感を感じている。
しかし、この世に生まれ出ると、人は無条件で安心感を感じることが出来ない。
この時、先ず初めに神に代わって依存の対象となり、人に安心感を与えてくれるのが母親である。
人は自分の内に至福と安心感のコアを獲得し、依存の対象を拡げ、人生を生きて行く。
そして、年を取ると共に対象を失い、やがて神の元へと還って行く。

普段の人生を生きて行く上では神を意識しなくても差支えないが、有事の際には、神の有無が大きな違いを生む。
宗教心というのは、神の記憶を忘れず、いつでも神と繋がれる状態を保つ心の営みである。
幼時、母の愛を実感として体験した人は神を素直に直感的に理解することが出来る。
そして、現世での無常を肯定的に捉え、乗り切って行き易い。
しかし、不幸にして母の愛を幼時に体験出来なかった人には神が理解し難いし、その存在が信じられない。
従って、現世の無常は自分に破滅をもたらす否定的なものと考え、怖れる。

母親の存在の大きさを改めて思う。
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テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

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