FC2ブログ

人生の音楽

ウィーン旅行中にオペラとコンサートを各1回鑑賞した。

オペラはプッチーニの『ラ・ボエーム』。
何回も観たオペラだが、今回改めて、このオペラの良さをしみじみと感じた。

第一幕でロドルフォが歌う『冷たい手を』。
いかにも詩人らしい女性へのアプローチ。
「貧しさの中での僕の幸せは紳士の贅沢である愛の詩や賛歌。
 夢や空想、幻想によって心意気は億万長者」
「僕の金庫から美しい瞳という2人の盗人が全ての財宝を盗み取った」

対するミミの受け答え―『私はミミ』。
「私は好きなのです
 素敵な魅力を持つものや、
 愛や春について語るもの、
 そして、夢や幻想について語るもの、
 詩という名を持つものが・・・。」
「雪解けの季節がやって来る時、
 最初の太陽は私のものなのです、
 四月の最初のくちづけは私のものなのです」
 ミミはロドルフォに勝るとも劣らない詩人。
二人の価値観は見事に呼応し、理解し合う。

二人が歌うとき、暗く寒い部屋は輝く春の野に変わる。
それはその瞬間、二人が本当に生きている世界。
そしてその瞬間、二人の歌を聴いている私達も本当に生きている。

現実の世界では貧困に阻まれ、ハッピーエンドを迎えることが出来ないが、ロドルフォの元で最期を迎えたミミの表情には深い満足感が有る。
彼女の手はもはや冷たくない。
マフに包まれて、ロドルフォの愛を確かに感じながら・・・。
ミミは短いけれども本当の人生を生きたのだ。

生き残る者はつらい。
ミミの死が受け入れられず、悲嘆にくれるロドルフォ。
しかし、時が経てば分かる。
彼がミミと過ごした日々が掛け替えのない本当の人生を生きた時間であり、自分がそのような時間を持てたことが幸福であることを。
それは表面的な豊かさや幸せとは異なり、本当に質の高い生の在り方であり、私はそれを「Genuine Life」と呼んでいる。

プッチーニは主人公達のGenuine Lifeに共感を懐いて作曲している。
聴いている私達もその瞬間Genuine Lifeを生きている。
それ故、私達は感動し、魂が解放され、救いを感じるのだ。

コンサートは楽友協会で行われたオーケストラ・モーツァルトの演奏会。
オーケストラ・モーツァルトは結成されて10年程の若手音楽家を育成する楽団だが、結成当初からクラウディオ・アバドが指導に当たって来た。
しかしながら、指揮をする予定だったアバドが病気になり、代わってベルナルド・ハイティンクが指揮をすることになった。
曲目は前半にマウリツィオ・ポリーニのピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』。
後半は同じくベートーヴェンの交響曲第6番『田園』。

ハイティンクとポリーニの二人がステージに登場した時、二人のおじいさんが支え合いながらよたよたと歩いて来るのでどうなることかと思ったが、音楽が始まった途端、懸念は払拭された。
若く、しなやかで溌剌とした音楽。
音が生きている。
ベートーヴェンの音楽には元々脈拍と呼吸が有るが、この日の演奏ではひとつひとつの音が細胞のように生きて粒立っていた。

『皇帝』のアダージョを聴いていると、立原道造のことが思い出される。
奈良から山陰を経由して長崎に辿り着いた時、病状が悪化し、友人に付き添われて東京に戻った最後の旅で、道造は繰り返しアダージョへの憧れについてノートに記す。
詩の本質は対話であるとした道造はアダージョをこよなく愛した。
愛の詩人はアダージョを聴いて魂を解き放たれ、遠いところへの郷愁を懐いた。
24才でこの世を去った道造もまたGenuine Lifeを生きたのだ。
この日のアダージョの演奏は正に愛の対話だった。

そして、後半の『田園』。
軽やかに始まる音楽。
オーケストラのレスポンスが実に良く、しなやかで若く、心が弾む。
木管のソロが一人一人実に上手く、惹き込む力がある。
いつの間にか、私も初夏の田園を逍遥している。
鳴き交わすウズラ、カッコウ、ナイチンゲール。
気持ち良い散策、心地良い音楽。
耳の聴こえなかったベートーヴェンもきっとこの心地良さを味わっていたことだろう。

人の命は、自分が味わった感動を見知らぬ他の命に伝えるためにある。
ベートーヴェンの感動は時空を超えて私達に伝わって来る。
道造が懐いた遠いところへの郷愁も時空を超えた感動によってもたらされたものだろう。

村人達の踊りの輪に加わって我を忘れた楽しいひと時。
突然、鳴り響く雷鳴。
俄かに降り来る雨。
不意を打つ稲妻。
逃げまどう人々。
吹き付ける風雨。

嵐は次第に遠ざかり、
空が明るくなって来る。
日光が差し込む。
木の葉から落ちようとする雫がきらりと光る。
暖かく、気持ち良い陽射し。
再び聞える小鳥のさえずり。
やはり田園の散策は楽しい。
生きていることは喜びだ。

ベートーヴェンの音楽は生への肯定感に満ちている。
実人生に於けるベートーヴェンは苦難の連続だが、にもかかわらず彼の音楽には人生に対するポジティヴな力がある。
それでも人生にイエスと言う。
Genuine Lifeの音楽。
聴いている私達は勇気づけられる。

コンサート後に夕食を取ったカフェを出た時、外はパラパラと冷たい雨だった。
傘がない。
それでも人生にイエスと言う。
暖かい陽射しに満ちた明日を信じられる自分がいた。
スポンサーサイト

テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

迷林亭主

Author:迷林亭主
迷林亭主ことカウンセリングルーム・メイウッド室長 服部治夫。
三鷹市の住宅地に佇む隠れ家的なヒーリグ・スペース。
古民家を改装したくつろぎの空間で、アートセラピーや催眠療法などを活用し、カウンセリングやヒーリング、創造性開発の援助に取り組んでいます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR